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父に認められた春

最近は風が強い日が続いていますね。
前回のブログから間が空いてしまいましたが、

決して引きこもっていたわけではないんですけど・・・(笑)


昨日は江戸東京博物館で開催中の、
「大江戸と洛中」という企画展を見て感動して来ましたし、
それ以外にも、国立新美術館で開催されていた、
「国展」にも行っていました。
それでも、なかなか芸術について語ろうと思うと、
言葉が出てこない場合も多く、
ついつい書きそびれてしまいました。


そんな中、今回は人生で初めてあるテレビ番組に投稿したけど
結局読まれなかったハガキを載せようと思います。(笑)
結構一生懸命書いたので、
このまま日の目を見ないのも悲しいなと思いまして・・・(笑)


前もっての情報として、NHKの月に1回放映している、
以前にも書いたことのある私の好きな歌手のさだまさしさんの番組で、
「今夜も生でさだまさし」というのがあるのですが、
その番組は、地方のNHKの支局に行って、
その場所で放送をするのですが、それが4月27日に、
初めて埼玉県に来たのです。
そこでハガキが募集され、テーマは色々あったのですが、
私はその中の、「春」・・・に対して、ハガキを書きました。

ドキドキしながら番組を見ていましたが、

結局読まれることはありませんでした。(泣)
途中番組上イレギュラーもあったので、

仕方がなかったと自分を慰めていますが・・・(笑)
ちなみに、ハガキの中の表現で、
「成敗」や「意見には個人差が・・・」など、
番組を見ている人だけにしかわからない表現もありますが、
そこはご容赦ください。
ということで、よかったらご一読ください。


「父に認められた春」

さださん、井上さん住吉さん、こんばんは。
やっと・・・やっと埼玉に来てくれましたね。(泣)
思い起こせば、数年前・・・
まだこの番組が「生でだらだら」と呼ばれ(笑)、
3~4ヶ月に一回しか放送されていなかった頃、
私はNHKのこの放送局に子供の絵が飾られたのを観に来た時に、
受付にいた方に、

「さだまさしさんの生だらは、埼玉は呼ばないんですか?」

と聞いたことがありました。
その受付の方は、私が未知の呪文でも唱えたかのように、
「この人は何を言っているのだろう?」と、
固い表情のまま、まったくわかってもらえず、
「さだまさしの番組があるのですか?」と、
真顔で聞き返されてしまいました。
高校時代から女性の目を気にして、
隠れさだまさしファンとして生きてきた私には、
そこで「さだまさしさんの番組を知らないんですか?!」と
強く言うことなどできず、
「どうなんですかね~」と言いながら、
そそくさとこのさいたま放送局を立ち去った記憶があります。


そんな想いをしながらも、
いつかはさいたま放送局にいらしていただけるだろう・・・と、
ずっと心待ちにしていましたが、
ついに・・・ついに・・・念願が叶いました。
きっとそんな想いのいじらしい私は、観覧席も当たって、
その場にいることでしょう。(笑)
もしいなかったら、
こんなことを断言してしまった私を「成敗!!」してください。(笑)

それはそうと、お葉書を出したのは、
そんなこと(笑)を言うためではないのです。
亡き父とのこの時期の想い出を、さださんにお伝えできたら・・・と思い、
筆をとりました。


それは私が中学に入学する直前の日曜日でした。
私の父は、私が小さい頃、私がいたずらや悪さをするとすぐに叩く人でした。
(悪さと言っても、悪人レベルの悪さではないですよ。笑)
その叩き方も、顔や頭などを、竹刀や平手で、
今の時代だったら問題になるような強さで、
子供ながらに、本当に怖かったです。
でも、私の子供時代は昭和・・・、子供も強かったです。(笑)
叩かれても、決して親にとってのいい子でい続けることは出来ないんですよね。
ですから、その想い出の日まで、
叩かれる→一時的に良い子になる→痛みを忘れる→悪さする→叩かれる
の繰り返しでした。
ところが、その日突然父が部屋に来て私に、
「晃信(あきのぶ)、そこに座れ・・・」

と言って床の上に座ってきました。
私はまた何か怒られるのかな・・・と、
心の中で思い当たることがあるのをいくつか考えていたのですが、
目の前に正座で座った私に父が、


「お前もいよいよ中学生だな・・・おめでとう。
今まで叩いてきたこと・・・痛かっただろうし、嫌だったろう。
でもな、子供のうちは、悪いことをしたら多少の痛みは必要なんだ。
ただ、中学生はもう大人だ。
俺は明日から、お前を子供としてではなく、
一人前の大人の男として見る。
だから、今日からは二度とお前を叩かない。
これからはお前も、大人の自覚を持って、
自分の行動に責任を持ちなさい。
もしそれが道から外れそうな時は、アドバイスはしてやる。
いつでも見守っているから、安心して、前に進んで行けよ。」


もちろん5分以上は話していたので、
もっと細かい言葉があったと思いますが、
私の心には、この言葉が記憶として残りました。
それから大人としてきちんと歩んでこれたのかどうかはわかりませんが、
それ以降父は、約束どおり二度と私を叩きませんでした。
今の時代は、何かにつけて暴力反対、体罰反対・・・と言いますが、
はたしてすべてが全て、本当にそうなのでしょうかね。
ただ怒りに任せての暴力は反対ですが、
意味があって、そこに愛のある痛みというのも、時には必要な気がします。
もちろん、「意見には個人差がありますが・・・」(笑)


そんな父が、一昨年何十万人に一人という病にかかり、
闘病むなしく帰らぬ人となりました。
ドクターが治療は無理だと言っても、最後まで生きることをあきらめず、
闘い続けたのですが、私にとって最強の父も、
最期は病に敗れてしまいました。


でもね、さださん!!
最期息を引き取るところまで、私は一緒にいられたのです。
最期をむかえるまでの数ヶ月は、色々な想い出をたくさん話しました。
あの当時は、叩かれるのが怖かったよ~~なんて話題も、
笑って話しました。
今もまだ父のことを思い出すといなくなってしまった悲しみや、
ぽっかりと空いてしまった存在に、胸が苦しくなる日がありますが、
少しずつ、父との素敵な想い出だけを思い出せるようになっていっています。


今は私にも二人の子供がいます。
その子たちが、私と同じように父親というものを、
しっかりと記憶に残してもらえるよう、亡き父に恥ずかしくないよう、
精一杯育てていきたいと思っています。


自分が親になってわかったこと・・・
それは子供のことを怒る時は、親も心が痛いんだな・・・ということです。
私は子供には体罰はしません。
でも、当時父からもらった教育としての痛みは、
きっとそれはそれで良かったのだと思っています。
こんなにも父を尊敬できているのですから・・・


長々と失礼いたしました。
はがきはテレビでは採用されなくても、
さださんが必ず目を通していただけると言うことだったので、
ずっと好きだったさださんに、父のことを話したくて書いてしまいました。
それでは、これからもお身体を大切に、
素敵な歌や本を世に送り出していってください。
いつでも楽しみにしています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


と、以上が送ったはがきです。
お読みいただき、ありがとうございました。