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目指せ!世界遺産!!

先日の富士山の世界遺産登録から、

俄然注目の集まっている世界遺産ですが、

群馬県にもそんな世界遺産の登録を目指している

国の指定史跡があるのをご存じでしょうか。

昨日私はその群馬県にある国の指定重要文化財である

「富岡製糸場」に行ってきました。

来年の夏に世界遺産の審査が行われる予定で、

もし世界遺産に登録にでもなったら、

それこそ混雑して、ゆっくり見られなくなるかもしれないので、

以前から興味があったこともあり、車で出かけてきました。

片道の所要時間は高速道路を使って、一時間ちょっとで行けるところで、

私自身、あれ?こんなに近かったんだ・・・と、ちょっと意外でした。()

 

富岡製糸場内では、個人で自由に見てもいいのですが、

無料のガイドツアーが30分ごとにあって、

製糸場内を歩きながら所要時間約50分をかけて、

ボランティアのガイドの方が色々な説明をしてくださいました。

自分だけで見ているのでは、知りえないような話もあり、

より理解が深まったツアーでした。

そのガイドさんから話を聞くまでは、

私は富岡製糸場を大きく誤解していて、

山本茂実さんの著書「あゝ野麦峠」・・・

すっかりそんな世界観で富岡製糸場を考えていました。

そこで働く女工さんたちは、富国強兵の国策において、

強制労働や低賃金による劣悪な環境・・・

命を削りながら日々働いている・・・

そんなイメージを持っていて、世界遺産というのも、

どちらかというと、負の遺産・・・のようなものなのかな・・・と。

 

ところが、実際の富岡製糸場は環境や働いている女工さんたちの福利厚生など、

当時の日本では最先端の条件で働けていたようです。

働く時間に関しても、残業などはなく

一年を通じての一日の平均労働時間は、7時間30分。

それというのも、残業などでは仕事の効率が悪くなる・・・というので、

作業場では照明はなく、太陽の明るさで作業をするために、

窓が大きくとられ、日没後では見えなくなるので、

仕事は終了・・・決して女工さんたちに無理をさせないような、

環境づくりが、最優先されていたようです。

仕事には階級があり、その腕前によって3段階に分かれていたようですが、

級が上がるごとに給料は変わったそうです。

では、そのために彼女たちはがんばったのかと思うと、

そうではなかったようです。

富岡製糸場で働いていた女工さんたちは、技術を習得後、

それぞれの地元に戻って、指導者として活躍するそうです。

そのため一日でも早く技術を上達させて、故郷に戻って活躍したい・・・

そんな想いから、彼女たちは日々技術を磨いていったのです。

 

まだまだ心に残ったことはたくさんありますが、

是非機会がありましたら、一度出かけてみてください。

今の日本が忘れてしまっている、経営側の人を重んじる慣習、

そして働く側の仕事への純粋な想い・・・

そんな今では少なくなってしまったものが、

あそこにはあるような気がします。

来年の夏、是非世界遺産になりますように・・・

そして、多くの人が日本の工業化の幕開けの時を、

肌で感じてもらえたら・・・と思います。

 

ちなみに、昼は製糸場から歩いて5分ぐらいの、

大村支店というお蕎麦屋さんで食べました。

上州そばのお店で、スープカレーにつけて食べるお蕎麦があり、

そんなお蕎麦は初体験だったのですが、

お蕎麦もスープも実においしかったです。()